バシェの音響彫刻《修復・調査・研究》

フランソワ・バシェ(2013)
バシェ兄弟のサイン

1954年以来、私は兄のベルナール(音響技師)と一緒にこの仕事を続けている。だからサインはいつもバシェ兄弟の音響彫刻としている。こんどの鉄鋼館のために作ったものにも、フランソワとベルナール・バシェ(François&Bernard Baschet)というサインが入れられることになるだろう。/フランソワ・バシェ

音響彫刻の名称について

名前をつけるのはいつも問題です。
第一に、それらはいわゆる「楽器(Musical instrument)ではない。だからヴィブラフォンとかドラムとかの古典的な名前をつけるのは正直ではない。第二に、我々は決して同じものを二度と作らない。だからいつも新しい名前を考え出されなければならない。われわれを招いてくれた日本に対する感謝の気持ちとして、日本に関係のある名前を作品の名称にむすびつけたいと思った。そこで、今度の新しい音響学的にも、美学的にも難しい技術が要求されるものに対して、日本の人々がみせてくれた素晴らしい技術を記念したいと思った。実際、日本の人々がみせてくれる能力(金属の扱い、塗装、ステンレス磨き、調律など)(注2)を見ているのは、わたしにとってこの上ない喜びだった。私たちを招いてくれた国、日本に対する感謝の気持ちとして、私を助けて一緒に働いてくれた人たち、(職人、学生、芸術家、秘書)の名前を我々の今度の作品の名称にすることによって、わたしのこの国に対する尊敬の気持ちとしたい。この人たちは、終生忘れ得ない思い出を私の心に残すだろう。/フランソワ・バシェ

バシェの音響彫刻4つの要素

バシェは従来の楽器を分析して、次の4つの要素を見つけ出し、そのうち3つの要素があれば楽器として成り立つという原理を確立している。

  • 振動体・・・・バイオリンの弦の部分
  • 起動体(動きをおこさせるもの)・・・・毛を張った弓
  • 調節装置・・・・互いに異なった性質の弦の配列
  • 音量増幅装置・・・・バイオリンの空洞になっているボディの部分

鉄鋼館のための音響彫刻も、これらの要素をなんらかの形でもっている。特に、増幅装置としての大きな円錐形スピーカー(コーンと呼ばれている)はバシェの特徴となっている。

鉄鋼館で流されたバシェの音響彫刻使用曲

万博開催中、音響彫刻を使った3曲、武満徹「クロッシング」、高橋悠治「慧眼(エゲン)」、クセナキス「ヒビキ・ハナ・マ」、が毎日、鉄鋼館のなかで流された。
「鉄鋼館」内に設けられた「スペース・シアター」は天井や床下まで音響で埋め尽くすことが可能な立体音響空間で、使用されたスピーカーの数は移動するものも含めて1000個を超えたとも言われている。万博開催当時この「スペース・シアター」で音響彫刻を使った曲が毎日流された。これらの曲、高橋悠治「エゲン」(1969若杉弘指揮×日本フィル)、武満徹「クロッシング、クセナキス「ヒビキ・ハナ・マ」(小澤征爾×日本フィル)は、1969年と1970年に川口市民会館(当時)と日本フィルハーモニー交響楽団リハーサルホール(当時)にて録音され、のちに家庭用ステレオ再生用にリミックスしたものが「SPACE THEATRE」としてビクターからリリースされる。また8/21~24日まで行われた現代音楽祭、「今日の音楽<MUSIC TODAY>」の初日にバシェ音響彫刻を使い山口保宣、マイケル・ランタの2名により武満徹の「四季」が初演される。翌年、マイケル・ランタ、ツトム・ヤマシタ、山口保宣、山口浩一、佐藤英彦等により「四季」「ムナーリ・バイ・ムナーリ」「トゥワード」が1971年と1974年にNHK スタジオでレコーディングされ、後にCDとなりドイツグラモフォンよりリリースされる。黒沢明監督「どですかでん」(1970)ではクリスタル・バシェの「高木フォーン」が使われ運搬したのが、川上フォーンの川上格知氏、演奏したのは、山口保宣氏(現・山口恭範)である。 (永田砂知子・記)


(注2)池田フォーンの調律に関しては音響彫刻で「エゲン」を作曲した作曲家・高橋悠治氏の希望により、微分音(3分音)で調律された。(鉄鋼館資料・高橋悠治「慧眼エゲン」音楽評論家 武田明倫氏解説文に明記)
池田さんというピアノ調律師の方が大変苦労して調律されたという話が当時の助手・川上格知さんより伝わっている。
(以上の文章は、1969年10月1日発行「鉄鋼館ニュース」と「EXPOPO‘70鉄鋼館資料」2つの掲載文章を元に編集しました。文責:永田砂知子)

修復されたバシェの音響彫刻

池田フォーン
(2010年/Expo‘70パビリオンオープン時、万博記念機構の依頼から乃村工芸社により修復)
川上フォーン
(2013年11月/川上格知とマルティ・ルイツにより修復)
高木フォーン
(2013年11月/川上格知とマルティ・ルイツにより修復)
桂フォーン
(2015年/京都市立芸大・彫刻科・松井紫郎教授の協力のもと彫刻科の学生とマルティ・ルイツにより修復)
渡辺フォーン
(2015年/京都市立芸大・彫刻科・松井紫郎教授の協力のもと彫刻科の学生とマルティ・ルイツにより修復)
勝原フォーン
(2017年/東京藝術大学バシェ音響彫刻修復プロジェクトにより修復)